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神戸地方裁判所 昭和54年(行ウ)22号 判決

原告 折原ソノ子

被告 国 杉戸町長 明石市

訴訟代理人 宮崎正巳 山野義勝

主文

原告の被告杉戸町長および同明石市に対する訴えをいずれも却下する。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告国との間で、原告が日本国籍を有することを確認する。

2  原告と被告杉戸町長との間で、同被告が昭和五三年一二月九日になした原告に対する戸籍消除処分を取消す。

3  原告と被告明石市との間で、同被告が昭和五三年一二月一八日になした原告に対する住民票の消除およびその記載修正の処分を取消す。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告らの答弁

(被告国)

1 原告の被告国に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告杉戸町長)

1 原告の被告杉戸町長に対する訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告明石市)

1 本案前の答弁

(一) 原告の被告明石市に対する訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2 請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の被告明石市に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和一三年一月六日、大分県中津市大字半神四二九番地において、訴外亡母折原阿い(以下阿いという。)の非嫡出子として出生した。

阿いは、大正一二年ころから、日本国籍を有する訴外大坪喜一(以下喜一という。)と内縁関係にあり、同人らは、昭和五年ころからは、東京都中野区新井町において同居していたところ、阿いは、昭和一二年春ころ、喜一の子である原告を懐胎した。

ところが、阿いは、同年秋ころ、本籍朝鮮慶尚南道昌原郡鎮東面新基里一一一、訴外亡都村相赫こと都相成(以下都という。)と懇ろな関係となり、間もなく喜一と離別して原告の前記出生地に転居し、同年一一月二五日、都と婚姻し、その後の昭和一三年一月六日前記のとおり原告が出生した。

2  都は、昭和一三年二月一三日、原告が同月六日に都と阿いとの間の嫡出子として出生した旨の真実に反する出生届をした。その結果、原告は、都の嫡出子として朝鮮戸籍に登載された。

3  阿いは、昭和二〇年七月二九日、都と協議離婚をして、昭和二三年二月二四日、原告の出生届をなしたところ、同年三月一五日付で、阿いにつき、埼玉県北葛飾郡杉戸町大字杉戸一五八一番地に新しい内地戸籍が編製され、これに伴い、原告は、同日付で、阿いの右戸籍に入籍し、結局、内地戸籍にも登載された。

4  喜一は、昭和四八年六月一一日、原告を自己の子として認知する旨の届出をなし、これも戸籍に登載された。

5  ところが、神戸地方法務局は原告に対し、原告が日本国籍を有しないことを理由として、日本に帰化するように求めてきたので、原告は、昭和五一年、国を被告として、神戸地方裁判所明石支部に、都との間の親子関係不存在確認請求訴訟を提起したところ、昭和五三年二月二四日同支部において原告と都との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の判決が言渡され、同判決はそのころ確定した。

6  ところが、被告杉戸町長は、昭和五三年一二月九日、原告の戸籍を消除する処分をなし、また、被告明石市は、同年一二月一八日、原告の住民票の消除とその記載修正の処分をなし、右各処分はいずれも原告が日本国籍を有しないことを理由とするものであつた。

7  しかしながら、次の理由から、原告は生来的に日本国籍を有することは明らかである。

(一) 国籍法が、血統主義を採用し、血統あるいは血脈、すなわち生理上の血のつながりを重視してきたことから考えると、生父母ともに日本人である子は、当然に日本国籍を有しているものであつて、これを否定することは全く合理的根拠を欠くものである。

本件についていえば、前述のとおり、原告の生父である喜一は日本人であるし、原告の生母である阿いは、原告を分娩した当時は朝鮮戸籍に入籍していたものの、原告を懐胎した当時は日本人であつたのであるから、原告は日本人の血統を継受し、日本人の血脈を有しているものである。したがつて、原告は日本国籍を有するというべきである。

(二) 国籍法によれば、子の出生のとき父が日本人であるときには、その子は日本国籍を取得すると規定しているが、右にいう父とは、その子が出生のとき、事実上の父であれば足りるのであつて、その子を胎児認知して法律上の父であることを要しないものであるから、この点からみても、原告は日本国籍を有するものというべきである。

(三) わが国の民法は、認知の効力は子の出生時までさかのぼると規定しているが、その趣旨は、認知それ自体によつて、直ちに親子関係を根拠づけているのではなく、認知によつて明らかにされた血統あるいは血縁をもつて親子関係を基礎づけているのである。このようなわが国の民法の趣旨に加えて、諸外国の法との比較からみても、国籍法の解釈上認知に遡及効を認めるべきであつて、これを制限すべきものではない。

本件においては、原告の生父である喜一が原告を認知したことは前述のとおりであるから、認知に遡及効を認める以上、原告出生のときから、日本人である喜一が原告の法律上の父であつたということとなり、この点からも、原告は生来的に日本国籍を取得していたものというべきである。

(四) 明治四五年三月制定の朝鮮民事令では、「民事に関しては原則として民法に依るが、朝鮮人の能力、親族及び相続に関する事項については民法に依らず、一に慣習に依るべきものとする。」旨規定されていた。そして、朝鮮においては、原告出生当時、婚姻成立の日より二〇〇日以内に生まれた子は夫の子と推定することはできず、婚姻成立後の出生であるからといつて当然に嫡出子として取扱うことは相当ではないとする慣習が存在していた。

ところで、原告は、阿いと都との婚姻成立後約八〇日で出生したのであるが、右慣習によれば、原告は当然には嫡出子ではないとみるべきである。

そして、阿いは、昭和二〇年七月二九日、都と協議離婚したのであるから、原告は、阿いとともに都の朝鮮戸籍から離脱することとなり、婚姻によつて朝鮮の家にはいつた日本の女性が、離婚の場合には、国籍法(明治三二年法律第六六号、以下旧国籍法という。)一九条の規定の趣旨に準じ日本国籍を取得するという例に従つて、原告もまた日本国籍を取得したものというべきである。

8  よつて、原告は、被告国に対し、原告が日本国籍を有することの確認を、被告杉戸町長に対し、同被告が昭和五三年一二月九日になした原告に対する戸籍消除処分の取消を、被告明石市に対し、同被告が昭和五三年一二月一八日になした原告に対する住民票の消除及び記載修正の処分の取消をそれぞれ求める。

二  被告杉戸町長の本案前の主張

1  原告は、被告杉戸町長が昭和五三年一二月九日原告に関する戸籍の記載を消除した行為を行政処分としてとらえ、その取消を求めているものであるが、かかる行為は抗告訴訟の対象となる行政処分に当らないから、被告杉戸町長に対する原告の訴えは不適法なものとして却下されるべきである。

すなわち、抗告訴訟の対象となる行政処分というには、これによつて国民の権利・義務、法律上の地位に直接かつ具体的に影響を及ぼすものでなければならないところ、戸籍は、日本国民について、その身分関係を登録・公証する機能を有するもので、既成の事実、または法律関係を単に登録公証するにすぎず、戸籍の記載によつて新たに身分関係を形成・変更し、国民の権利・利益に消長をきたすというものではない。

原告はもともと朝鮮国籍を有するものであつて、日本戸籍に記載されるべきものでなかつたのに、誤つて記載されていたため、被告杉戸町長は、監督法務局長の許可を得てこれを消除したもので(戸籍法二四条)、この消除の記載は、それによつて、原告の日本国籍を喪失せしめる性質を有するものでないから、これが記載をもつて抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。

2  原告の被告国に対する国籍存在確認請求の訴えが認容された場合には、その判決により、消除された戸籍の記載が抹消され、戸籍の回復がなされることになるから(戸籍法一一六条)、被告杉戸町長に対する訴えは訴えの利益を欠くものというべきである。

三  被告明石市の本案前の主張

原告の被告明石市に対する訴えは、行政事件訴訟法三条に規定する抗告訴訟であつて、右訴訟を提起するためには、同法八条一項但書の規定により、住民基本台帳法三二条の規定に基づく審査請求の裁決を経ることが要件であり、原告は、右裁決を経ていないから右訴えはその要件を欠く不適法なものである。

四  請求原因に対する認否

(被告明石市)

請求原因1ないし5はいずれも知らない。同6のうち、被告明石市が原告主張の処分をしたことは認めるが、その余は知らない。同7及び8はいずれも争う。

(被告国)

1 請求原因1のうち、阿いが昭和一二年一一月二五日都と婚姻したことは認めるが、その余は知らない。

2 同2は認める。但し、原告が朝鮮戸籍によれば、檀紀四二七一年(昭和一三年)二月六日東京市中野区新井町四七九番地で、都を父、阿いを母として、同人らの嫡出子として出生した旨の届出がなされている。

3 同3ないし6は認める。

4 同7、8は争う。

五  被告明石市の本案に関する主張

住民票は、住民基本台帳法の規定により、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録、その他住民に関する事務の処理の基礎とするとともに、住民の住所に関する届出等の簡素化を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行なう住民基本台帳の制度として定められたものであり、同法三九条並びに住民基本台帳法施行令三三条の規定により、住民基本台帳法は、日本の国籍を有しない者および戸籍法の適用を受けない者については適用しない旨規定されている。

原告が、被告明石市に対して取消を求める昭和五三年一二月一八日の原告に対する住民票の消除および記載修正の処分については、被告明石市は、被告杉戸町長から、昭和五三年一二月九日に原告の戸籍を消除した旨、昭和五三年一二月一五日付住民基本台帳法九条二項の規定に基づく通知を受けたので、同法施行令一二条二項一号の規定に該当するものとして、当該処分を行なつたものである。

以上により、被告明石市の行なつた原告の住民票の消除および記載修正の処分は、住民基本台帳法および同法施行令の各規定に基づき適法に処分したものであつて、当該処分を取消すべき理由はなく、したがつて、原告の請求は失当として棄却すべきである。

六  被告国の本案に関する主張

1  わが国の国籍法は、現行国籍法(昭和二五年法律第一四七号、以下現行国籍法という。)、及び旧国籍法とも、出生による国籍の取得については血統主義を原則としている。血統主義にあつては、子の国籍(生来の国籍)は、その出生に際し親の血統に従つて、親と同じ国籍を取得せしめるものであるが、日本の国籍立法では、旧国籍法時代から父系優先主義を採り(旧国籍法一条)、現行国籍法もまたこれを踏襲している(現行国籍法二条一号、二号)。そして、子が生来的に日本国籍を取得するためには、子の出生の時父が日本国民であれば、その子は日本国籍を取得するとして、出生の時における父の国籍を基準とする。したがつて、父が子の懐胎の際には日本国籍を有していても、出生の時これを喪失していると、その子は日本国籍を取得しないのであり、他方、父が子の懐胎の際には日本国籍を有していなくても、出生の時に日本国籍を有していると、その子は出生によつて日本国籍を取得する。

右の現行国籍法二条一号、二号(旧国籍法一条)による子の日本国籍取得のための父子関係の存在ということは、法律上の父子関係が成立する場合を定めたものであつて、単なる自然的血縁関係があるに過ぎない場合にはその適用がないのである。もつとも法律上の父子関係の存在ということは、必らずしも日本国民たる父と出生子との間に嫡出の親子関係が存在することを必要とするものではないが、この父子関係は子の出生の時に存在していなければならないので、結局嫡出子でない子が出生により父に従つて日本国籍を取得する場合は、日本国民たる父が胎児認知をしたときに限られるのである。

本件についていえば、仮りに原告主張のとおり、原告が喜一と阿いとの間の子であつたとしても、原告の出生時に右両名の間には婚姻関係がなく、また、原告は喜一から胎児認知もされていないのであるから、原告は法律上の父の知れない子となり、喜一と同じ国籍を取得することはないのである。

2  原告は、認知主義のもとにおいては、親子関係を基礎づけるものは認知それ自体ではなく、認知によつて明らかになつた血統、血縁であると考えるべきであるから、認知の遡及効を認めるべきであると主張する。

なるほど法例一八条によれば、外国人の母の非嫡の子について、その出生後日本人たる父から認知された場合は、わが国の民法によるべきことになり、そこでは認知の遡及効を認めているのであるが、認知の遡及効は親族法上の効果にとどまるのである。現行国籍法二条一号は「子の出生の時、父が日本国民であるとき」と定めているが、同条同号にいう「父」というのは、出生時点においてすでに形成されている法律上の父子関係を指し、かつ、これに限るという趣旨であつて、出生後の父子関係の形成によつてその効果が出生時点まで遡及する場合をも包含する趣旨ではないのである。

なお、旧国籍法では日本人たる父によつて認知された外国人は、その認知によつて、認知の時に日本国籍を取得するとされ(旧国籍法五条三号)、また、日本人が外国人父に認知され、その認知によつてその子が外国国籍を取得すると、日本国籍を喪失するものとされていた(旧国籍法二三条)。このように、旧国籍法においては、認知による国籍の変動を認めていたのであるが、その場合においても、国籍の変動の基準となるのは、認知の時、または認知によつて外国国籍を取得した時であつて出生時点までさかのぼつていたのではない。

しかし現行国籍法では、認知あるいは婚姻等の身分行為による国籍変動の規定がなく、日本国籍を取得する場合は、生来的取得(国籍法二条)のほかは、帰化による以外にないのである。

このように身分行為による国籍変動の規定が削除されたのは旧国籍法のとつていた夫婦国籍同一の原則、また子の国籍は親の国籍に従うという家族一体の原則が、日本国憲法二四条に宣言する個人の尊厳と、両性の平等の精神に合致しないことによるものであつて、現行国籍法においては国籍自由の原則が採用されたのである。

そして、本件においては、現行国籍法施行後である昭和四八年六月一一日に喜一が原告を認知しているのであるから、これによつて原告の国籍に何ら変動を及ぼすものでないことは明らかである。

3(一)  日本は明治以後、台湾、朝鮮、などの地域(いわゆる「外地」)を統治するに至つたのであるが、これらの各地域には、日本が統治する以前から、それぞれ独自の法制、慣習等があつたため、統治後も内地の法令を一率に適用することなく、内地とこれらの各地域とは互いに適用する法令を異にしたいわゆる異法地域を構成していたのである。

右のように、朝鮮と内地とは異法地域の関係にあるが、

(1) これを身分関係の法令についていえば、朝鮮人の親族、相続に関しては朝鮮民事令(明治四五年制令七号)によつて朝鮮慣習によるものとされ(同令一一条)、朝鮮人の戸籍については朝鮮戸籍令(大正一一年朝鮮総督府令一五四号)が適用されて朝鮮戸籍に登載されていたが、これと異つて内地人は戸籍法の適用を受け、内地戸籍に登載されるというように、はつきり戸籍を異にしていた。

(2) 国籍に関しては、旧国籍法は朝鮮には適用されなかつたので、同法は朝鮮人には適用なく、朝鮮人たる身分の得喪、したがつて、その結果としての日本国籍の得喪は、慣習または条理によつて決せられ、その慣習及び条理の内容は旧国籍法に準ずるとされていた。

(二)  前述のような戸籍の取扱いにより、戸籍の変動そのものを直接の目的とする転籍、一家創立等によつて、内地人が朝鮮に、朝鮮人が内地に本籍を移転することは認められなかつたのである。ただ婚姻、認知、養子縁組などの一定の身分行為が行われた場合に限り、準国際私法ともいうべき共通法三条及び旧国籍法を基調とする条理に基づき、朝鮮戸籍と内地戸籍との間の入除籍が認められていたのである(旧戸籍法四二条ノ二、朝鮮戸籍令三二条)。その結果、身分行為により朝鮮戸籍に入り内地戸籍から除籍された者は、朝鮮人たる身分を取得することになるので、その後は朝鮮戸籍令の適用を受けることになり、他方、身分行為により内地戸籍に入り朝鮮戸籍から除籍された者は、内地人たる身分を取得して内地の戸籍法の適用を受けることになつたのであつて、この内地人と朝鮮人間の身分行為についての戸籍事務の取扱いは、終戦後も維持され、平和条約発効までの間従前どおり取扱うこととされていた。

日本の国内法上では、右のように朝鮮人とは、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載された者をいうのであつて、単に血統だけによつているものではない。したがつてもと内地人であつた女が、朝鮮人との婚姻により朝鮮戸籍に入り、内地戸籍から除籍されるべき事由の生じた場合は朝鮮人であり、仮りに同女が嫡出でない子をもうけたとすれば、その子は日本の国内法上、朝鮮人としての身分を有する者の、嫡出でない子として出生したことにより、いわゆる朝鮮人の身分を取得したものとなるのである。

(三)  これを本件についていえば、原告の母阿いは、昭和一二年一一月二五日朝鮮人である都と婚姻したことにより朝鮮戸籍令の適用を受けることになつた。原告は、右両名の婚姻中である昭和一三年一月六日に出生し、生来的に朝鮮戸籍令の適用を受ける身分を取得したので、右両名の嫡出子として届出され、朝鮮戸籍に登載されたものである。

昭和二〇年七月二九日阿いは都と協議離婚し、内地戸籍に復籍し、朝鮮戸籍から除籍されたことにより、再び戸籍法の適用を受けることになつたが、原告は都の嫡出子として届出されているため、母阿いに従う入除籍ということはなかつたのである。

仮りに原告主張のとおり、原告が喜一の子であつて、都の推定を受けない嫡出子であるとして、阿いの非嫡出子としての届出が可能であるとしても、阿いの子であることに変りはないのであるから、非嫡の子として出生当時の母の戸籍、つまり朝鮮戸籍に入ることになる。そして、この場合においても母の離婚によつて、その子まで当然に母とともに内地戸籍に復籍するものではない。なぜなら、内地と朝鮮とは異法地域を構成していたのであるから、共通法三条の規定が適用され、同条二号によれば、朝鮮の家を去ることができないものは、内地の家に入ることができないことになつており、当時の朝鮮では、母の非嫡の子は母の離婚によつてその非嫡の子も母とともに朝鮮戸籍から除籍される慣習はなかつたので、その子はいぜんそのまま朝鮮戸籍に残ることになるからである。なお、現行韓国民法七八七条では妻とその非嫡の子は、離婚によりともにその戸籍を出ることになつているが、仮りに阿いが都と離婚した当時このような趣旨の慣習があつたとしても、原告が母の内地戸籍に入るためには、親族入籍(旧民法七三七条)または引取入籍(旧民法七三八条)の手続によつて内地戸籍に入るほかないのであつて(たとえば、旧民法七三九条の離婚の場合のように当然に内地戸籍に復籍するものではない。)、原告についてはこのような入籍手続がなされた事実はない。したがつて、原告はいずれにしても朝鮮戸籍にある者であつたことに変りはないのである。

(四)  ところで、日本は平和条約二条(a)項によつて朝鮮の独立を承認したことにより、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄すると同時に、朝鮮に属すべき人に対する主権をも放棄した。このことは朝鮮に属すべき人について日本の国籍を喪失させることを意味するのであるが、右のとおり平和条約発効に伴い、日本国籍を喪失し、朝鮮国籍を取得する者の範囲について、昭和二七年四月一九日民事甲四三八号法務省民事局長通達では、その行政的解釈として、次のとおりいつている。

朝鮮に帰属すべきもの、すなわち朝鮮人とは、朝鮮戸籍にあるもの、若しくはあるべき者を指し、つまり戸籍を基準にして朝鮮に本籍があるものを朝鮮人としているのである。そしてこの戸籍を基準にした朝鮮人の帰属については最高裁判決でも認めているところである(最高裁昭和三六年四月五日大法廷言渡判決)。

原告は前述のとおり、生来的に朝鮮戸籍令の適用を受けているものであるから、平和条約発効に伴つて日本国籍を喪失したものである。

七  原告の本案前の主張に対する反論

1  戸籍の記載は、子に対する親権の有無、子の婚姻に対する父母の同意権の有無、扶養義務の存否、相続の順位など実体上の権利義務に重大な影響を及ぼすものであり、特に本件のように被告杉戸町長の行つた戸籍消除処分は、日本国民としての地位を奪う重大なものであるから、当然に抗告訴訟の対象となる行政処分というべきである。したがつて、被告杉戸町長の本案前の主張1は理由がないから採用されるべきでない。

なお、戸籍法一一八条によると、戸籍に関してなされた市町村長の処分について、これを不当とする者は家庭裁判所に不服の申立をすることができる旨規定されている。ところで右にいう処分とは、その処分によつて法律上の不利益を被る者に不服申立の方途を認めることによつて、当該処分の適正な処理が確保されうる性質のものでなくてはならない。したがつて、裁判等の効力によらなければ市町村長の権限内で是正変更することができないものは、本条にいう処分に該当しない。たとえば、本条にいう処分に該当するものとしては、届出、申請等の受理または不受理、謄抄本の交付請求の許否、戸籍閲覧の許否などであつて、本件の戸籍消除処分などは右処分に該当しない。

また、同法一一九条の二の規定が設けられていることによつて、原告は行政不服審査法の定める不服申立をなすことも許されない。

以上によれば、結局、原告は、被告杉戸町長が行つた戸籍消除処分についての不服申立は、右処分の取消を求める抗告訴訟によるほかないのである。

2  被告明石市は、同被告に対する訴えは、住民基本台帳法三二条の規定に基づく審査請求の裁決を経ることが要件であり原告は右裁決を経ていないから、不適法であると主張している。

しかしながら、原告は、本件住民票消除等の処分により、国民健康保険の受診の利益を失い、その損害を避けるため緊急の必要性があり、また、右処分は、被告杉戸町長の原告に対する戸籍消除処分の結果なされたものであつて、右住民票消除等の処分に対し審査請求を申立てることによつて、直ちにその効果を覆えしうるものではないから、審査裁決を経ないことには正当な理由があり、結局右住民票消除等の処分取消の訴えを提起するにつき、行政事件訴訟法八条二項二号及び三号に該当する事由がある。したがつて、右被告の前記主張は採用されるべきではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告杉戸町長の本案前の主張に対する判断

抗告訴訟の対象となる行政処分は、これによつて国民の権利、義務を形成し、あるいはこれを変更するなどの法的効果を有するものでなければならない。ところで戸籍は日本国民についてその身分関係を登録し公証する制度であつて、戸籍事務管掌者が戸籍簿に国民の身分関係を記載し、あるいはその記載を消除したとしても、これによつて、国民の身分関係が形成あるいは変更されるものではない。本件において、原告の戸籍が消除されたとしてもこれによつて、原告が、その主張のように日本の国籍を喪失し日本国民としての地位を奪われる結果となるものではないから、被告杉戸町長が原告の戸籍を消除した行為は抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。

したがつて、原告の被告杉戸町長に対する訴えは不適法なものとして却下せざるをえない。

二  被告明石市の本案前の主張に対する判断

被告明石市に対して訴えを提起するには、行政事件訴訟法八条一項但書により、住民基本台帳法三二条所定の手続を経ることを要するが、原告は同条所定の手続を経ていないこと、原告は、前記七、2において、右訴えを提起するにつき、行政事件訴訟法八条二項二号および三号所定の事由を具備している旨主張するが、右主張事由が右二、三号の事由にあたらないことは、その主張事由自体からみて明らかであるから、右訴えはその訴訟要件を欠き不適法である。

三  そこで、原告が日本国籍を有するかどうかについて検討するに成立に争いのない甲第二号証の一、第四号証、第七号証、第九号証及び弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第二号証の二によれば、原告は、昭和一三年二月六日、当時の東京市中野区新井町四七九番地において、母阿いの子として出生したことが認められる。

阿いは、日本人として内地戸籍に登載されていたが、昭和一二年一一月二五日、朝鮮人として朝鮮戸籍に登載されていた都と婚姻し、そのときから都の朝鮮戸籍に登載され、原告出生当時も右と同様であつたこと、都は、昭和一三年二月一三日、原告を自己と阿いとの間の嫡出子として、原告の出生届をなし、その結果、原告は都の嫡出子として朝鮮戸籍に登載されたこと、阿いは、昭和二〇年七月二九日、都と協議離婚をして、昭和二三年二月二四日、原告の出生届をなしたところ、同年三月一五日、阿いにつき、本籍を埼玉県北葛飾郡杉戸町大字杉戸一五八一番地とする新しい内地戸籍が編製され、原告は、同日、阿いの非嫡出子として右戸籍に入籍し、結局、内地戸籍にも登載されたこと、喜一は日本人であるが昭和四八年六月一一日、原告を自己の子として認知する旨の届出をなし、これも右戸籍に登載されたこと、ところが、神戸地方法務局は、原告に対し、原告は日本国籍を有しないことを理由に日本に帰化するように求めてきたので、原告は、昭和五一年、国を被告として神戸地方裁判所明石支部に対し、都との間の親子関係不存在確認請求訴訟を提起し、昭和五三年二月二四日同支部において、原告と都との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の判決が言渡され、同判決はそのころ確定したことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、原告は、その主張7、(一)、(二)において、旧国籍法一条は血統主義を採用しているから、子の生父母がともに日本人である場合には、その子は日本国籍を取得するものであり、同法一条に規定されている父とは法律上の父に限らず自然的血縁関係があるにすぎない事実上の父をも含み、本件においては、喜一は日本人であつて、原告の生父であるから、原告は生来的に日本国籍を取得したものであると主張している。

しかしながら、民法上父子の親子関係が成立するためには、単に自然的血縁関係があることだけでは足りず、子が嫡出子であるか、または、父が婚姻外の子を認知した場合であることを要するのであつて、旧国籍法一条が、ひとりこれと異なり、原告主張のように事実上の父をも含めて規定したものとは到底考えられないし、同条にいう父は出生の時の父でなければならないから、子の出生の後に認知した場合を含まないものと解される。

この点を本件についてみれば、原告主張のとおり喜一が原告の生父であつたとしても、原告は喜一の嫡出子ではないこと及び喜一は原告の出生のときまで原告を認知していないことは当事者間に争いのないところであるから、原告の7、(一)、(二)の主張は理由がない。

次に原告は、その主張7、(三)において、旧国籍法一条にいう「出生の時」の父とは、民法上認知に遡及効が認められている以上、出生後においてその子を認知した場合の父をも含む旨主張している。

しかしながら、旧国籍法によれば、外国人たる子が日本人の父によつて認知された場合には、認知という身分行為によつて、その認知の時から日本国籍を取得する(同法五条三号)と、また、日本人たる子が外国人の父によつて認知された場合には、その認知の時から外国国籍を取得する(同法二三条)とそれぞれ規定せられていたが、認知によつて日本国籍もしくは外国国籍を取得する時期は、右のとおり認知の時からであつて、子の出生時まで遡及するものではない。そして、本件においては、喜一が自己の子として原告を認知したのは前記のとおり昭和四八年六月一一日であるから、現行の国籍法が適用されるものというべきであるところ、現行の国籍法は認知という身分行為による国籍変動の規定を削除し、結局日本国籍は、同法二条によつて生来的に取得する場合と、同法三条の帰化によつて取得する場合以外に他に方法がないのであるから、原告の7、(三)の主張もまた理由がない。

四  さらに、原告は、その主張7、(四)において、自己が非嫡出子であつて出生時においては母阿いの戸籍に従い朝鮮戸籍に登載さるべきものであつたとしても、阿いは昭和二〇年七月二九日都と協議離婚したから、これによつて、原告は阿いとともに朝鮮戸籍から離脱して内地戸籍に登載さるべきものとなつていたのであり、したがつて、原告は昭和二七年四月二八日の平和条約の発効後においても日本国籍を有していると主張している。

しかしながら、原告が平和条約の発効後においても日本国籍を有しているためには、平和条約発効時において内地戸籍に登載されるべきものであつて、朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべきものではなかつたことを要するものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年四月五日言渡判決)。ところで、原告の母阿いは原告出生当時朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されていた者であつたから、仮りに原告が非嫡の子(都の子であるとの推定を受けない非嫡の子)であつたとしても、朝鮮民事令(明治四五年制令七号)一一条及び成立に争いのない丙第五号証によつて認められる当時の朝鮮慣習に従い、原告は母阿いの子として阿いの戸籍である朝鮮戸籍に登載されるべきものであつたということができる。そして阿いが昭和二〇年七月二九日都と協議離婚し、内地戸籍に復することとなつたことは前認定のとおりであるが、その際原告が右阿いの戸籍変動に従い阿いとともに当然朝鮮戸籍を離脱し内地戸籍に登載されるべきものであつたことについては、法令上なんらの根拠もないし、またそのような朝鮮慣習があつたことを認めるに足りる証拠もない。

右のとおり、原告は、平和条約発効当時において朝鮮戸籍に登載されるべきものであつたことが明らかであるから、平和条約発効によつてわが国が朝鮮に対する領土主権及び人的主権を放棄した以上、原告は日本国籍を喪失したものというべきである。

したがつて、原告の7、(四)の主張も採用できない。

五  以上の次第であつて、原告の被告杉戸町長および同明石市に対する訴えはいずれも不適法なものであるから却下することとし、被告国に対する訴えは理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹 野田殷稔 能勢顕男)

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